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北方謙三の「武王の門」を読み始めました。
南北朝時代のお話。
私が生まれた地域にまつわる話もあり、今通っている熊本にも、ぴーちゃんを預けている遠野にも関係があるので少し読みふけりたくて手に取りました。

キーワードは
懐良(かねなが)親王
菊池武光
大刀洗川

ずっと忘れていましたが、祖母が昔歌い聞かせてくれた歌にこの時の戦を歌ったであろう歌がありました。
幼稚園とか小学校の低学年の頃にきかされていたので、うろ覚えというか、間覚えているところもあると思いますが、抜き出してみるとこんな感じ。

♪黒雲低く風生臭く 錦の御旗を押し立てまつる 筑後の大河は下風寒し
  矢叫びの声鬨の声 我が??・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 敵兵六万 少弐の大群 時は正平の秋半ば・・・・・・・・・

 哀れ懐良(かねなが)親王の御身にも 血潮染めなす三度の深手
 旅雁しきりに泣き・・・・・・・・・・・・・・・♪

うろ覚えもうろ覚え、凄くうろ覚えなんですけど、それでもこの歌の意味が分かるようになったときに、色んなことが合致するわけなんですね。

歴史というのはおもしろいですよね。
懐良親王の20歳上に護良親王がいるのですが、この人は、鎌倉幕府を倒すんですが、父親の後醍醐天皇にも疎まれ、足利氏と争ってとらえられ、鎌倉で幽閉された上に暗殺されてしまったという悲劇の親王なのですが、鎌倉に行ったとき、幽閉されていたという岩屋を見たときに何故かとても異常に胸を打たれてしまって、何故だかいろいろなことを思ったものです。

で、「武王の門」を読んでいるときに「大塔宮(護良親王のこと)」という言葉が出てきて一気にその時の記憶が蘇って(笑)

確か護良親王の身の上に思いをはせて徳川家の誰かが
「愚かなる 身も古に 生まれなば 君が頼みと ならましものを」
と詠んだ句があったなぁ、と突然思い出したんですね(徳川の誰だろう(^^ゞ慶喜か斉昭だったような)

この十年近く、思い出しも考えもしなかったことなのに、言葉一つで煌めくように記憶が蘇ってくるのがとてもおもしろく感じました。

んで、護良親王の弟の懐良親王と一緒に「筑後川の戦い」という有名な戦いで戦ったのが菊池武光がいます。
戦いで血にまみれた刀を洗ったから、とついた名前が「大刀洗川」

クイちゃんに再会したのが実は大刀洗(^^ゞ

菊池一族は元々肥後(熊本)の武家集団ですが、一部遁走した勢力が岩手県遠野市にあるとも言われています。
そー、ぴーちゃんを預けている遠野。
遠野は菊池さんが多いんですよ(笑)
でも、それも後から知ったことでぴーちゃんを預けるときにはそんなことは全然しりませんでした。
不思議なものですねー。
なんかいろいろ繋がってるのかもしれませんねー。

ちなみに、うだうだとブログに書いている内になぜに護良親王が気になったのか思い出しました(笑)
確か、誕生日が私と同じだったんですσ(^_^;
あー、すっきりしたー(^^ゞ
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